徒然なる戯言 「やりたいのにできない」の本質
出来ないには理由がある。
具体化できていない。
「やりたい」と思っていることを具体化できていないからできない。
できるとき→どのような手順でなにをいつどこでどのようにすればできるかを一部始終すべて知っているからできる。あるいは、どこのタイミングで何にどのくらい乗っかって、あとはただひたすら流れに身を任せるだけで進む、ということを知っていて体現できるかどうか。
やらない、できない、というとき、私たちは「できる」環境に身を置いていない。
出来る環境とは先に挙げた環境。
やるべきこと、やればいいこと、これをやればできる、ということがわかっているのかどうかがまず第一に必要な事。
次に必要なのは、それが分かっていない段階ならそれを「わかる」ようにすること。わかる人に聞く、出来ている人に聞く、どのような手順を踏めばいいかを聞く。
次に、それを自分で実行実現していくためにはどうすればいいかのスモールステップを考えきめる。そのスモールステップが描けないのならそれはまだ情報が足りていないから知っている人に聞く。
一番大事な前提は、「そのやりたいことは、本当にやりたいことですか?」ということ。
心の底から、なんの妨げもなく本当にやりたいのなら、もうすでに何か行動を起こしているはず。それをしていないということは、そこに何かしらの「やりたくない意図」が存在しているか、そもそもそれを「やりたい」と思い込んでいること自体に何かしらの意図が存在するのだ。